2014年 04月 26日 ( 1 )

退院して1週間

退院して1週間が過ぎた金曜日
娘は私の母に付き添われて健診に出かけた。
おなかの傷が痛むのでゆっくりと歩き
リハビリを兼ねて電車に乗った。

今回お世話になった大学病院では
一般の外来の診察は午前中で終わり
午後は時間をかける必要のある患者を診る。
乳児を見かけることがないため
娘にとってもありがたい時間帯である。

診察してくれたのは娘曰く、偉い先生だそうだ。
娘は入院している間にお世話になった先生方や
全ての看護師さんの名前から情報までも仕入れた。
その偉い先生が言うには
胎盤剥離は軽いものから重いものまで幅が広く
娘はその中でも、もっとも重度のものだった。
だから赤ちゃんが亡くなってしまったのも
仕方がないことだった・・・。

「アタシ伝説を作っちゃった。
ちょっとした有名人だよ」
娘は言った。
実際、娘の入院中は毎日入れ替わり立ち替わり
たくさんの先生方が様子を見に来てくれた。
それだけでも娘が大変な状態だったことが分かる。
事実、この日も病院にいる間は
みんなが娘に気を使ってくれているのが分かったと
母が言っていた。

けれどその娘が伝説なら、当然娘婿も伝説だろう。
彼は娘が一般病棟に移ると、その日から
退院までの1週間毎日病室に泊まり込んだ。
初日、娘は「単純性イレウス(腸閉塞)」を起こし
一晩中吐き続けた。
娘婿はそんな娘の背中を一晩中さすっていた。
自分が眠らなければ絶対に寝ない娘婿を気遣い
娘はさすがに3日目、4日目と
絶対に飲みたくないと言っていた睡眠剤を飲んだ。

助監督という仕事は誰より先に気を回し
言われる前に動かなければならない。
そのマメさは仕事でさらに磨かれたようで
娘の看護も看護師さん並みにこなす娘婿だった。
どの看護師さんも声を揃えて娘婿を絶賛し
「どうやってこんな素敵なご主人を見つけたのか」
と、娘は何人にも訊かれたそうだ。

今回の入院は本当に辛いものだったが
娘夫婦の仲の良さを毎日見ることができたのは
唯一良かったことだ。
娘をこんなにも大切にしてくれる娘婿には
いくら感謝してもしきれない。

そして健診の結果は順調。
子宮の戻りも良く、高かった血圧も落ち着いたため
今後、薬は母乳を止めるもののみとなった。
とりあえずは一安心だ。

初孫をこんな形で亡くしてしまったことは
あまりにも悲しい出来事だった。
けれど日が経つにつれ
娘が生きててくれて良かったという思いが
今さらながら強くなってきた。
あのまま娘まで失ってしまっていたなら
立ち直ることは不可能だった。

やっぱり凛太朗が
お母さんを助けてくれたんだと今は思える。
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by shi_chan1024 | 2014-04-26 23:59 | しーちゃんファミリー | Comments(0)